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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)495号 判決 1976年4月14日

原告、被控訴人 株式会社大阪相互銀行

理由

一、本件土地家屋がもと訴外石井健一の所有であつたことは当事者間に争いがないところ、《証拠》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴銀行は、昭和三四年二月二〇日石井化学工業との間で、両者間に契約した「相互掛金契約並に自今継続的にする相互掛金契約、継続的金銭貸付契約、手形取引契約、保証契約等について給付又は貸付をなすべきことを目的とする」基本契約を締結したところ、訴外石井健一(石井化学工業の代表取締役)は、同年七月二二日、石井化学工業が右基本契約にもとづいて被控訴銀行に対し「現在負担し及将来に渉り負担すべき債務並びに損害金債務」を担保するため、同人所有の本件土地家屋に元本極度額一〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ将来石井化学工業が右債務を不履行のときは代物弁済としてその所有権を被控訴銀行に移転する旨の予約をなし、そして、これにもとづき同月二三日本件土地家屋について、被控訴銀行のために根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記がなされた(ただし、登記の点は争いがない)。

(二)  被控訴銀行は、同年七月三一日石井化学工業との間で、(一)に記載と同旨の基本契約を締結したところ、石井健一は同年八月二九日、石井化学工業が右基本契約にもとづいて被控訴銀行に対し負担する(一)に記載と同旨の債務を担保するため、同人所有の本件土地家屋に元本極度額二〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ将来石井化学工業が右債務を不履行のときは代物弁済としてその所有権を被控訴銀行に移転する旨の予約をなし、そして、これにもとづき同月三一日本件土地家屋について、被控訴銀行のために根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記がなされた(ただし、登記の点は争いがない)。

(三)  被控訴銀行は、同年一二月九日石井化学工業との間で、(一)に記載と同旨の基本契約を締結したところ、石井健一は昭和三五年二月一二日、石井化学工業が右基本契約にもとづいて被控訴銀行に対し負担する(一)に記載と同旨の債務を担保するため、同人所有の本件土地家屋に元本極度額一〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ将来石井化学工業が右債務を不履行のときは代物弁済としてその所有権を被控訴銀行に移転する旨の予約をなし、そして、これにもとづき同月一五日本件土地家屋について、被控訴銀行のために根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記がなされた(ただし、登記の点は争いがない)。

(四)  被控訴銀行は、昭和三五年九月二八日石井化学工業との間で、(一)に記載と同旨の基本契約を締結したところ、石井健一は同年一〇月一四日、石井化学工業が右基本契約にもとづいて被控訴銀行に対し負担する(一)に記載と同旨の債務を担保するため、同人所有の本件土地家屋に元本極度額三〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ将来石井化学工業が右債務を不履行のときは代物弁済としてその所有権を被控訴銀行に移転する旨の予約をなし、そして、これにもとづき同日本件土地家屋について、被控訴銀行のために根抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記がなされた(ただし、登記の点は争いがない)。

(五)  ところで、右(四)の元本極度額は、根抵当権者である被控訴銀行と根抵当権設定者である石井健一との合意により、

(1)  昭和三七年五月一六日、六〇〇万円に増額され、同日その旨の登記を了し、

(2)  同年一〇月一九日、一、〇〇〇万円に増額され、同月二六日その旨の登記を了し、

(3)  昭和三八年九月三日、一、八〇〇万円に増額され、同月一二日その旨の登記を了した(ただし、登記の点は争いがない)。

なお、昭和三七年一〇月一九日、右(四)の根抵当権につき追加担保として、石井化学工業から同社所有の別紙目録(イ)記載の物件(以下、「(イ)の物件」という)が提供され、かつ、この根抵当権設定者である石井化学工業と根抵当権者である被控訴銀行との間でも、元本極度額を一、〇〇〇万円に増額する旨の合意および債務不履行のとき代物弁済として(イ)の物件の所有権を被控訴銀行に移転する旨の予約がなされ、また同年九月三日、右(四)の根抵当権につき追加担保として、訴外山本豊昭から同人所有の別紙目録(ロ)記載の物件(以下、「(ロ)の物件」という)が提供され、かつこの根抵当権設定者である山本豊昭および(イ)の物件についての根抵当権設定者である石井化学工業と根抵当権者である被控訴銀行との間でも、元本極度額を一、八〇〇万円に増額する旨の合意がなされ、さらに山本豊昭と被控訴銀行との間では、債務不履行のとき代物弁済として(ロ)の物件の所有権を被控訴銀行に移転する旨の予約がなされた。そして、以上にともない、それぞれ根抵当権設定、極度額変更の登記、所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。

(六)  被控訴銀行は、昭和四〇年一〇月四日、石井化学工業との間の基本契約より生じた残債権元金が当時、六、三九六万七九〇円(内訳、昭和三七年五月一六日付金銭消費貸借契約証書にもとづく貸付元金一、一〇〇万円、昭和三八年八月三一日付金銭消費貸借契約証書にもとづく貸付元金二、〇〇〇万円、昭和三八年八月三〇日付相互銀行取引約定書にもとづく割引手形買戻債務金六四八万九七八〇円、同日付相互銀行取引約定書にもとづく手形貸付元金二、六四七万一〇一〇円)になつていたので、前記根抵当権設定契約で特約されていた解約権を行使して、前記取引契約を解約し、石井化学工業に対し右残債務および約定の損害金の支払を催告したが、弁済がなかつた。そこで、被控訴銀行は、前記約定にもとづき同月五日内容証明郵便をもつて石井健一、石井化学工業および山本豊昭に対し、本件土地家屋、(イ)および(ロ)の各物件を合計二、二〇〇万円と評価して右残債務および損害金一、一〇〇万七、一〇六円の合計金七四九六万七、八九六円のうちの二、二〇〇万円の代物弁済として所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をなし、右郵便は石井健一および石井化学工業には同月六日、山本豊昭には同月五日到着した(なお、右内容証明郵便では、本件土地家屋のうち「芦屋市山芦屋町一一二番の一、畑一三歩」の表示が脱落していたので、被控訴銀行は同月一一日これを補正追加する旨の通知を発し、この通知は翌日に石井健一、石井化学工業および山本豊昭に到着した。

(七)  一方、訴外株式会社東証(旧商号、株式会社林事務所)は昭和三九年一二月一六日石井健一から本件土地家屋を賃借し、同月一八日賃借権設定仮登記、同月二五日賃借権設定登記をうけ、また訴外林修は昭和四〇年五月六日石井健一が林修に対し継続的手形取引契約にもとづいて負担すべき債務の担保として、石井健一から本件土地家屋について元本極度額を二〇〇万円、損害金を年三割とする根抵当権の設定をうけ、かつ石井健一は、債務不履行のときは代物弁済として本件土地家屋の所有権を林修に移転する旨の予約をなし、そして林修のために同月七日根抵当権設定登記、所有権移転請求権仮登記がなされ、右取引契約にもとづいて林修は、そのころ石井健一に二〇〇万円を損害金年三割の定めで貸与した。その後、控訴人は昭和四一年一〇月七日林修から右の二〇〇万円の債権および代物弁済予約上の権利の譲渡をうけ、同月八日根抵当権移転登記、仮登記移転登記をうけたほか、なおそのころ、株式会社東証から本件家屋を転借した。

(八)  被控訴銀行は、前記のように昭和四〇年一〇月五日代物弁済予約完結の意思表示をしたものの、当時、本件土地家屋には右のように株式会社東証の賃借権設定登記、林修の根抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記があつて、任意に所有権移転本登記手続をうけることができなかつたので、石井健一、株式会社東証、林修らを相手に訴(神戸地方裁判所尼崎支部昭和四〇年(ワ)第五一七号事件)を提出し、石井健一に対しては、本件土地家屋について、昭和三五年一〇月一四日付仮登記にもとづく、昭和四〇年一〇月六日代物弁済を原因とする所有権移転の本登記手続を、株式会社東証および林修に対しては、右本登記手続をなすことの承諾をそれぞれ求めたところ、被控訴銀行が全部勝訴し、右判決は確定し、昭和四四年一〇月一五日被控訴銀行は右仮登記にもとづく昭和四〇年一〇月六日代物弁済を原因とする所有権移転の本登記をうけた。

二、以上の認定事実から次のように考える。

(一)  昭和三五年一〇月一四日の所有権移転請求権保全仮登記の原因になつている代物弁済予約によつて担保される債権は、石井化学工業が同年九月二八日付基本契約にもとづいて被控訴銀行に対し「現在負担し及将来に渉り負担すべき債務並びに損害金債務」に対応する被控訴銀行の債権である。このことは、昭和三五年一〇月一四日付根抵当権設定契約証書(前出甲第七号証)第一七条の「債務不履行の日を以て代物弁済として所有権を債権者へ移転することを予約す」にいう右「債務」が右契約証書冒頭の「現在負担し及将来に渉り負担すべき債務並びに損害金債務」を指しているとみられるからである。そうすると、右代物弁済予約は増減変動する債務を担保する根代物弁済予約ともいうべきものであるから、その意味で債権は特定されているといわなければならない。また、債権額については、これを特別に定めた条項はないが、本件のように代物弁済予約が根抵当権と併用されている場合は、特段の事情のないかぎり、根抵当権と元本極度額(三〇〇万円)を共通にしているとみるのが当事者の意思に合致し、相当であると考える。それゆえ、債権額もその限度が定められているといえる。

(二)  被控訴銀行が本件予約完結権行使にあたり弁済の対象とした債権は、昭和三七年五月一六日以降(同日と昭和三八年八月三〇日および同月三一日)に発生したものであるが、これは昭和三五年一〇月一四日に成立した本件代物弁済予約における弁済の対象となる債務が発生するもとになる同年九月二八日付基本契約(前記一の(四)に認定のもの)にもとづいて発生したものである。このことは、右債権の内容(種類)と発生日時および予約完結権行使の相手方が石井健一、石井化学工業、山本豊昭の三者であること並びに前出甲第一号証の一ないし四から認められる。

(三)  昭和三五年一〇月一四日設定された根抵当権の元本極度額は三〇〇万円であつたけれども、その後、根抵当権者である被控訴銀行と根抵当権設定者である石井健一との合意により、順次六〇〇万円、一、〇〇〇万円、一、八〇〇万円に増額されたのであるから、代物弁済予約が根抵当権と併用されている本件では、代物弁済予約によつて担保される債権元本の限度額もこれにともない順次六〇〇万円、一、〇〇〇万円、一、八〇〇万円に増額されたものとみるのが相当である。そして、前認定の事実関係からみると、本件代物弁済予約は、債務者が弁済期に債務を弁済しないとき債権者が目的不動産を換価処分し、またはこれを適正に評価することによつて具体化する右物件の価額から、優先弁済をうけるべき自己の債権額を差し引き、その残額に相当する金銭を清算金として債務者に支払うことを要する趣旨の債権担保契約であると解するのが相当である。そうすると、被控訴銀行は本件土地家屋からは元本一、八〇〇万円とこれに対する利息、損害金との合計額をこえて弁済をうけることはできず、本件土地家屋の価額が右合計額をこえるときは、その差額を清算金として石井健一に返還しなければならないものであるから、本件代物弁済の予約を目して暴利行為ないし公序良俗違反という余地はないというべきである。

(四)  被控訴銀行は、控訴人が林修から譲受けた根抵当権の被担保債務である石井健一に対する二〇〇万円の債権は消滅時効が完成したとして、時効を援用するけれども、被控訴銀行には援用権はないものと解するのが相当である。すなわち、消滅時効を援用しうる「当事者」とは当該権利の消滅によつて直接利益をうける者に限られるところ、本件においては、本件土地家屋につき根抵当権を有する控訴人からみると被控訴銀行は一応、抵当不動産の第三取得者の立場に立つけれども、被控訴銀行もまた本件土地家屋について控訴人の根抵当権に優先する根抵当権および代物弁済予約上の権利を有し、その優先する権利の行使によつて第三取得者となつたもの、換言すれば、もともと控訴人に優先するのであつて、いまさら控訴人の債権したがつて根抵当権の消滅によつて直接利益をうける立場にはないからである。

(五)  本件土地家屋の所有者であつた石井健一は、前説示のように、被控訴銀行に対し清算金請求権を有するが、根抵当権や代物弁済予約上の権利を有するにすぎない控訴人は自己に清算金を払うよう請求する権利を有しないものと解すべきである(最判(大法廷)昭和四九年一〇月二三日、判時七五八号二六頁)。しかし、《証拠》および弁論の全趣旨を総合すると、石井健一は本件土地家屋以外に特段の資産をもつていないことが推認されるから、控訴人は石井健一に対する前記二〇〇万円の貸金債権を保全するために石井健一の被控訴銀行に対する清算金請求権を代位行使できる関係にあるといわなければならない。それゆえ、控訴人は右関係を基礎として、清算金を直接自己に支払うよう抗弁することができると解されるが、その請求額は自己の債権を保全するに必要な限度であるから、金二〇〇万円およびこれに対する最後の二年分の損害金(民法三七四条)の範囲に限られるものというべきである。ただ、このように被控訴銀行に清算義務があるとしても、清算義務を先に履行しなければ予約完結権の行使ができないとか、この行使を前提とする目的不動産の引渡請求ができないとかの関係にあるのではなく、清算義務を履行しなくても予約完結権の行使は有効であつて、ただ右引渡請求と清算義務の履行(清算金の支払)とが同時履行の関係に立つというにすぎないのである(最判昭和四五年九月二四日、民集二四巻一〇号一四五〇頁参照)。

(六)  つぎに、控訴人の賃借権および留置権の抗弁はいずれも失当であると考える。その理由は、原判決の説示するところと同じであるから、その理由記載(原判決一二枚目裏一〇行目から一四枚目表一二行目まで。ただし、一三枚目表二行目の「各事実」を「認定事実」に改める。)を引用する。

(七)  当審鑑定人大土修の鑑定の結果によると、本件土地家屋の昭和四〇年一〇月六日(本件代物弁済予約完結時)の価額は二、〇三八万一、〇〇〇円、昭和四九年一〇月当時の価額は九、三〇八万九、〇〇〇円であることが認められる。そして、特段の事情の認められない本件では、当審口頭弁論終結時である昭和五〇年九月四日当時の価額も昭和四九年一〇月当時の価額と同額程度を維持していたものと推認される。ところで、被控訴銀行は本件土地家屋、(イ)および(ロ)の各物件を合計二、二〇〇万円と評価して代物弁済に供したのであるが、この内訳として本件土地家屋を一、四九六万円と評価したものであることは被控訴銀行が自認するところ、この本件土地家屋の評価は昭和四〇年一〇月六日当時の右鑑定価額に照らして適正な評価とはいえないから、まだ清算が終つていないことになる。そして、清算をする場合には清算時の価額を基準にしなければならないから、結局、当審口頭弁論終結時の価額によらなければならない(最判昭和四五年九月二四日、民集二四巻一〇号一四五〇頁参照)。そうすると、被控訴銀行が前示のとおり控訴人に交付すべき清算金は、当審口頭弁論終結時の価額九、三〇八万九、〇〇〇円から被担保債権の元本限度額である一、八〇〇万円とこれに対する損害金三、六一八万九、〇〇〇円(前出甲第七号証および甲第一五号証の一によると、日歩五銭の約定損害金が昭和三九年九月一日以降未払になつていることが認められるから、同日から当審口頭弁論終結日である昭和五〇年九月四日までの損害金を計算すると、右金額になる。)との合算額である五、四一八万九、〇〇〇円を差引いた残額の範囲内で、かつ控訴人の債権を保全するに必要な金額すなわち、前示の二〇〇万円およびこれに対する最後の二年分の損害金にあたる一二〇万円(二〇〇万円×〇・三×二)の合計額にあたる三二〇万円であると認める。

(八)  控訴人が昭和四一年一一月ごろから本件土地家屋を使用占有し、その後、本件土地上に原判決別紙第一目録記載の二ないし六の家屋等の物件を新築所有して、その敷地を占有していることは当事者間に争いがない。

(九)  以上によると、控訴人は被控訴人に対し、被控訴人から金三二〇万円の支払をうけるのと引換えに、本件家屋(原判決別紙第一目録記載の一の家屋)の明渡と同目録記載二ないし六の各物件の収去、その各敷地の明渡とをなす義務がある。それゆえ、被控訴人の家屋明渡、物件収去敷地明渡請求部分は右の限度で認容し、その余は失当として棄却すべきである。

(一〇)  前説示のように、被控訴人はまだ評価清算を終了していないのであるから、本件土地家屋の所有権を確定的に取得したといえない。そうすると、被控訴人の請求のうち、本件土地家屋の所有権にもとづいて控訴人に対しその使用料相当の損害金を求める部分は失当である(最判昭五〇、二、二五、判時七七二号四八頁参照)。それゆえ、右請求部分は棄却すべきである。

(一一)  そうすると、被控訴人の請求を全部認容した原判決は一部失当であるから、右の趣旨に変更する

(裁判長裁判官 前田治一郎 裁判官 萩田健治郎 尾方滋)

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